それもまた相変わらずな
          〜書きたいところだけ書いてみた
 


年号が平成から令和に変わっても、人の世は相変わらず落ち着きがなく。
何のつながりもない人へ凶器を振りかざす狂人もおれば、
まだまだ制御不能な天候に振り回され、
暦の上では…が前置きに付いて回る天気予報なのも相変わらず。
昔ながらの“衣替え”が待ちきれないほどの陽気がGWを襲ったのも、
もはや毎年恒例になりつつあったれど。
今年のは凄まじかったね、そうそう熱中症で倒れた人の数も記録的だったとか
そんな会話が取り交わされたまま、本来ならば当地ならではな雨期に入るはずが、
今年もまた微妙に乱調な雨催いとなりそうで。

 “今日はまだ涼しい方だけど。”

このところは雨になれば肌寒さも戻ってのこと上着が要ったものが、
そろそろ蒸し暑さとともに訪のうようになるんだろうなと。
昨日降った雨の忘れ物、
少しいびつだった舗道のコンクリの上に居残っている水たまりを
ひょいとまたいで先を急ぐ。
雨のせいでそこいらの川の流れもやや速くなっていようから、
どこぞかの誰かさんが双眸輝かせて飛び込んでいる恐れが大きすぎる。
急ぎの仕事があるではないが、報告書が山のように溜まっているので、
担当した本人にこそ片付けさせろと
いつものお約束、国木田さんにどやされて街へと出てきた虎の子くんで。
息抜きにいつも運ぶ“うずまき”にもいなかったし、
近場の道路沿いの運河にも一応出向いたが、誰か流れているような騒ぎはなく。
緑地沿いの並木の枝ぶりがよさそうな大樹も見上げて確かめたが影もなく、
その並木のご近所のカッフェも覗いたが、
女給さんが愛想よく笑って 件の包帯男はまだ見てないと言うばかり。
これは少し離れた河川敷まで出向かねばならないかなと、
ご近所巡りのコースを少し広げんとしかかったその矢先。

 「あれ…?」

時間はそろそろお昼時。
ショップより事務所や一般住宅、個人医院などがちらほらしている中通りで、
なので、ランチにと職場から出てきた事務員がいないとは言わぬが、
こんな時間帯ではあまり人通りはなさそうな道。
片側には少し高い生け垣があって、その向こうに広がるのは遊歩道付きの小ぶりな緑地公園。
平日の、しかも少々蒸すよな雲の多いお天気だのに、
お昼を後回しにしてお散歩しましょと出て来る親子連れもいなかろう。
そんな閑散とした、もっとはっきり言って他には人影などまるでない通りに、
どこの路地からか不意に出てきた人物があり。
陽もないのにいやにくっきりとした影のような存在で、
膝下、足元まであろう長さの黒外套で痩躯を包んだ、
この魔都とも呼ばれる街の更夜を支配する組織の遊撃隊長。
口許を軽く覆うように持ち上げた手の陰で小さな咳をする彼なのへ、

 「……。」

人目が多々ある繁華街でなし、こんな場所での邂逅にいちいち神経質になる由もないが、
それでも敦少年が一瞬その表情を止め、何かしら考え込んだのは、
自分をやり過ごすでなく、わざわざ目の前へ現れた相手の行動に
何がしかの意図があると気づいたのとそれから、

 「…もしかして、中也さんですか?」

コツコツと硬い靴音を響かせて近づいてくる相手は、どう見たって
当初は 遅れを取らずに叩き伏せねばこちらが殺されよう
そんな半端ない殺気をたたえて向かって来たマフィアの死神さんこと、
今現在はこそりと、太宰を共通の師とした同士として意を通じ合っている
兄弟子さんの芥川龍之介、なのだが。
頬にあたる長さの横鬢の髪の先だけ色の抜けた黒髪、
散切りに刈り散らかされた構わぬ頭といい、
病的に細くて白い顔や腕脚といい。
どこを取っても芥川だとしか見えないが、それでも敦には何か判るようで。
表情薄く、寡黙なまま此方を見やる彼と向かい合うこと数刻。
あれあれ?間違ってたかな、何とか言ってほしいなと、
少しほど焦りかけてた間合いにやっと、

 「…ああ。」

短いお声での返答が返る。
そちらも敦がよく知るあの赤毛の幹部殿のそれじゃあなくて、
咳き込みと差してたがわぬ 黒獣の主の声音だったが。
そのままかしかしと後ろ頭を掻き始め、

 「チッ参ったな、やっぱり判るか。」

ほのかに照れ臭そうに相好を崩した彼だった辺り、
やはり中身は中原中也氏であるらしい。
こうまですっかりと姿が違うというに、
恋仲にあるのだ、そこは判るもんなんだなぁなんて、
何かしらの感慨を覚えておいでな兄様らしかったが。

 「だって、」

敦にしてみれば、
別段、神がかりなインスピレイションが働いたとかいうわけじゃあないらしく。
けろんとあっさり言ってのけたのが、

 「芥川ならそうまで嬉しそうに笑いませんもの…。///// 」
 「ちょっと待て。これってそこまで露骨な笑顔なのか?」

俺りゃ こいつがこうまで表情筋硬いのに驚かされっぱなしなんだがなと、
今度は見慣れた不審顔で小首をかしげる“禍狗”さんだ。
この事態を理解したその折、何てこたねぇぜと言うつもりで
眉を上げつつ ははっと笑い飛ばしたかった…だけで顔がつりそうになったのに。
そのくらい表情が動かぬままでのご対面になったはずが、
何で“満面の笑みだから”という反応を引き出せているかの方が
中の人こと “中也”には不思議ならしく。

 「あ、痛たたた…。」
 「ありゃ、やっぱり。」

頬ですか?おとがいですか?毛皮に埋まりますか?
え? あ・何で判るかというと、

 「いつだったかウィンク出来るか否かって話になったとき、
  何度やっても両目閉じちゃって、その挙句に眉間と頬が痛いって。」

そのっくらい表情硬い奴ですから、
ちょっとでも笑ったら どれほど希少かって感覚になってましてと。
結局は 希少な違いだからこそ拾えるというところは大差ない反応だったよで。

 「…なんか面白そうな付き合い方してるんだな、手前ら。」
 「え〜。そうでもないですよぉ。」

嬉しそうにもじもじするのへ、おやまあと
日頃は青玻璃、今は硯石のような漆黒の双眸を中也が見張る。
うらやましがってないけど、微笑ましくはあるなと、
やだなぁと照れちゃった白の少年へ、控えめにくすすと笑っている兄人なのへ、
はっと何にか気づいたらしい敦くん。

 「じゃあ、芥川は中也さんの姿なんですね、今。」
 「まあな。」

以前にも人格を入れ替えるというややこしい異能に振り回されたことがあり、(あいまいミーイング♪ 参照)
あの時の少女は自分の持つ力のおっかなさを重々諭されて、
今は異能特務課の監督の下で異能を制御する訓練を受けている筈で。

 「あれとは別口だ。
  返事をすればッてパターンじゃあなく、ぶつかり合ったら入れ替わってた。」

忌々しそうに口許歪める黒獣様なのへ、
ありゃまあと敦も同情してしまう。
同じ時代、同じ土地に、同じ異能は珍しいそうだが、
かといって まったく例がないわけじゃあないそうで。
異能自体がまだまだ未知なものゆえに、
上つ方はともかく、現場に身を置く者らとしては、
一体何がどうしてという解析よりも、対処法の確保が先決という段階。
よって、彼がそんなややこしい状態にありながら、ここいらを徘徊していた目的は…と、
敦にはそれも何とはなく察しがついており。
訊くより前に嘆言ぽく漏らされたのが、

 「芥川が頼むにしても、
  今の格好じゃあ、太宰の野郎を探す段で逃げられかねん。」

ああ云い切っちゃいますか、
確かになぁ、お互い物凄く嫌いあってますものねと、
そこは敦にも納得な事実。
元は荒くれ揃いの裏社会でも最凶という誉れを冠していたコンビ、
知る人ぞ知る “双黒”なんて呼ばれていたほどの相棒同士だったらしいというに、
本人同士はといやぁ、実は強烈なほど忌み嫌い合う犬猿の仲。
ポートマフィアの5大幹部である中也が
殺す死なすとの決意をゆるがせにしないまま幾年月、
そして、あの途轍もない頭脳の持ち主である太宰が
本気で策謀巡らせて嫌がらせを繰り出すほど…というそれなので。
よって事情を均す前に嫌悪丸出しで逃げ出されるのがオチかも知れぬ。
そして、こんな場合だと判っちゃいるが、
それってあの芥川にはちょこっと酷かもしれないので、

 「迷子の鉄則、じゃあねぇが。
  奴には俺の自宅で連絡を待ってるように言ってある。」

面倒な異能をとっとと解除してほしいのは山々だが、
それでなくともポートマフィアの人間がそうそうあの社屋に運ぶのもよろしくなかろと、
街なかでの遭遇を拾うべく、そぞろ歩いていた彼であるらしい。
はあと吐息をついた様子もどこか粗削りで、いつもの“芥川”とは随分と趣が違っており、
そういやあの騒動の折もこういう状態の中也と同坐したが、
あの折は 芥川 in 中也がとんでもない一本を取ったことの方がインパクトが大きすぎ、
こんな風に落ち着いてまじまじと見やる余裕はなかったなぁと。
妙にワクワクしつつ眺めやる少年で。
芥川とは雰囲気が違うし、
いつもの帽子がないのへ手をやりかけて気づいちゃあ、
頭近くで手を意味なく泳がせるところが何だか可愛い。
そしてそれは中也の側も同じだったようで、
げふんと誤魔化すように咳き込んでから、ふと視線を流して見やった虎の少年へ、

 「……あ?」

何かへ気づいた彼だったらしく。
これもいつもの芥川にはない表情、双眸をあっけらかんと大きめに見開き、
細い顎先にゆるく握った拳を添えると、
おとうと弟子くんをまじまじと見やってから

 「おい敦、もしかして手前、芥川より小せぇのか?」
 「あ、はい。ちょこっとですけど。」

間近に並ぶと目線が同じか、こちらがやや高いことに気づいたらしい兄様で。
おやこれはちょっと見ない風景かも知れぬと、
またぞろ仄かに笑んでしまう“彼”なのが、
それが中也でも芥川でも悪い気はしないか敦もつられてふふーと笑う。
そして、

 「これは芥川にはナイショですよ?」

この場にいるのは別人と、そこはやっとこ理解もいったらしかったが、
それでも内緒にしたいことらしく。
するりと身を寄せ、声を低めると、
こんな角度での立ち話は初だろう、見上げて来ての言うことにゃ。

 「与謝野さんが、ボクの体格は劣悪な環境でそれでもここまで伸びたそれだから、
  今の今 ギリギリ成長期に間に合ってるようなので、
  もしかしてあと5センチは伸びるかもしれないって。」

国木田さんと同じは無理でも太宰さんくらいにはなるかもしれないって、と。
そこは男の子で、大きくなれるのがちょっぴり嬉しかったらしく
含羞みながらそうと告げたものの、

 「……。」
 「……あ。」

ここで相手が芥川じゃあないのはいいとして、
別枠で いいのかそれ言ってという相手なことへ遅ればせながら気づいたところが、
相変わらずの天然気質。

 「いやあの、えっとぉ〜〜〜っ。」

下手な気を遣っちゃあ却って失礼とかどうとか、
そういやこないだもそれでひと悶着してなかったか。
一応決着したはずだがそれでもと慌ててしまう虎の子くんへ、

 「じゃあ、もっと埋まり甲斐のある抱き枕になってくれんだな?」
 「う……。/////」

今のお顔でそんな笑い方はなしですよぉと、真っ赤になった敦くん。
お、何だ何だ芥川へ乗り換えんのか?
違います、芥川でそんないいお顔なんだもの、中也さんのお顔だったら ボク卒倒してるかも〜〜。

 そんなこんなと、見た目は随分と意表を衝くよな組み合わせの二人、
 ごちゃごちゃ言い合う木洩れ日の下だったが、

片やの、某幹部様のご自宅ではではで、
敦少年がまずは心当たりから外すだろう場所として
身を潜めにとヘアピン一本で潜入しちゃった誰かさんが、
待機中の 誰かさん in 中也さんと鉢合わせているかもというくだりは
どなたかに書いてほしかったりします。



     〜 Fine 〜    19.06.23.


 *某様の人格入れ替わりネタを拝見し、
  ちょっと思いついちゃったので書いてみました。
  敦くんってまだ少し伸びそうな気がしたのが
  前作の『拗ねちゃった〜』でしたが、
  それはともかく
  こういう目線で愛し子を見やるのって
  中也さんたら初体験じゃなかろかとか思いまして。

  「まあ、敦からの目線は何でか下からの上目遣いにしか見えねぇんだがな。」
  「う……。////////」

 *続きというか、これの太芥サイド Ver.も書きました。よかったらどうぞvv →